マノン・レスコー:プッチーニ音楽祭

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JUL 2020 Next

あらすじ


第1幕

アミアンの旅籠屋の前の広場。学生や娘達が騒いでいる。学生のエドモンドはアリア「美しき宵」を歌う。そこに学生の身なりをした、騎士のデ・グリューが現れる。女には興味がないと騒ぎに加わらないデ・グリューだったが、皆に催促され、アリア「金髪の美女達のなか」を歌う。そこに馬車が到着して、近衛軍曹のレスコー、その美しい妹マノン、そして老財務官のジェロンが降りてくる。デ・グリューは一瞬にしてマノンの美しさに惹かれるが、そのマノンが父親の意向で修道院に入るため、明朝出発することを聞く。デ・グリューはマノンに「行くべきではない」と情熱的に説得し、マノンも彼の言葉に感激して「夜更けに」と約束をする。愛の二重唱。 一人になったデ・グリューはアリア「見たこともない美人!」を歌う。デ・グリューの周りに集まった学生達は、デ・グリューの心変わりを笑い、恋の冒険を讃える陽気な合唱。マノンとジェロンが現れる。好色漢のジェロンはマノンを誘拐する下心でレスコー兄妹を食事に誘う。皆がカルタに興じている中、ジェロンがマノンを誘拐するための馬車の用意をさせる。その様子を目撃したエドモントはデ・グリューに伝える。ジェロンは約束どおりに戻ってきたマノンに駆け落ちを説得する。ためらうマノンだったが結局同意し、学生達の力を借り、ジェロンの用意した馬車で逃げ去る。二人が逃げたことを知り悔しがるジェロン、マノンは「二人はパリで見つかる…」と言う。してやったりの学生は高笑い。


第2幕

パリ、ジェロンの別邸。マノンはデ・グリューと引き離され、今はジェロンの愛人として贅沢な暮らしをしている。そこへ兄のレスコーが現れる。マノンは愛のない生活は寂しいと、アリア「このやわらかいレースにくるまれても」を歌う。楽士や舞踏教師がやってくるが、彼女を慰めることは出来ない。一人になったマノンのところへ、突然デ・グリューが現れる。はじめはジェロンの愛人となったマノンを罵るデ・グリューだったが、許しを請い愛を求めるマノンの魅力に怒りは消え、二人は激しく抱擁する。そこにジェロンが帰宅する。浮気の現場を見られてしまったマノンだが、ジェロンに鏡を突きつけて彼の醜さを指摘する。怒ったジェロンは警官にマノンを逮捕させるために退出する。デ・グリューはマノンに直ぐに逃げるようにせかすが、マノンは財宝に心が奪われて手間取る。デ・グリューのアリア「ああ、マノンお前の愚かさが」。警官が乗り込み、マノンは逮捕される。剣を手に取るデ・グリューだが、レスコーに止められる。


<間奏曲>


第3幕

ル・アーヴ港。マノンは他の女刑囚達と共に、新大陸アメリカへ流刑されることになり投獄されている。デ・グリューとレスコーはマノンを救うべく機会を狙っているが、警戒が厳重でうまくいかない。なんとか鉄格子越しに話しをするが、それも点灯夫に中断される。突然レスコーが現れ、警備が厳重で奪還は失敗した、早く逃げろと伝えるが、デ・グリューはその場を動かない。夜が明け太鼓が響き、獄舎の門が開かれ、女囚が船に乗せられるために引き出されてくる。この様子を見物する群衆に紛れ込んだデ・グリューとレスコーだが、なすすべもなく嘆いている。身の定めと諦めるマノン。やがて軍曹の号令が下ると、デ・グリューは思わずマノンにすがり軍曹に自分もアメリカへ連れって行ってくれと嘆願する。アリア「狂気のこの私を見てください」。軍曹は涙ながらの願いに心を動かされ、とうとうデ・グリューの乗船を許可する。


第4幕

アメリカ、ニューオリンズの荒野。植民地のアメリカでも問題を起こしたマノンとデ・グリューは、追っ手を逃れ荒野をさまよっている。マノンは疲れ果て動けない。デ・グリューはマノンを残して水と休息場を探しにゆく。マノンは死期を悟り、アリア「ひとり寂しく」を歌う。デ・グリューが戻るが、何も見つけることはできなかった。マノンは最後の力を振り絞り、甘美な二重唱を歌い息絶える。デ・グリューはマノンを抱きしめ慟哭する。(幕)

プログラムとキャスト

トッレ・デル・ラーゴ

 

トッレ・デル・ラーゴはトスカーナ州西部の人口約11,000人の町です。マサチウッコーリ湖とティレニア海の間に位置し、ジャコモ・プッチーニは生前この町に居を構えていました。トッレ・デル・ラーゴで行われる、プッチーニ音楽祭はイタリア国内では最も有名なイベントの一つであり、プッチーニの作品だけを上演する世界で唯一の音楽祭です。毎年行われるプッチーニ音楽祭には約40,000人もの聴衆が集まり、屋外舞台はかつて作曲家プッチーニが住み、作曲をしていた邸宅からそれほど離れていません。彼はこの邸宅の近くの礼拝堂に葬られました。

1930年に初めて開催され、予ねてからこのイタリア人作曲家が夢に見ていた「自らのオペラを作曲した湖畔での上演」が叶えられました。プッチーニの死後6年後彼の友人達がマサチウッコーリ湖上に「ラ・ボエーム」の壮大な舞台を設置し、この伝統は今日まで続いています。

プッチーニ生誕150年を迎えた2008年よりプッチーニ音楽祭は新しい屋外劇場で開催されるようになりました。

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