蝶々夫人 アレーナヴェローナ

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AUG 2023 Next

蝶々夫人

 

作曲:ジャコモ・プッチーニ


初演:ミラノ、ミラノ・スカラ座
(改訂版は同年、ブレッシャ、テアトロ・グランデ)

台本:イッリカ、ジャコーザ(イタリア語)


 

あらすじ

 

時と場所:1890年代の長崎

 

第1幕

 

アメリカ海軍の戦艦エイブラハム・リンカーン所属の海軍士官ピンカートンは日本人の少女と結婚することになった。

結婚斡旋屋のゴローが、長崎にきたピンカートンに、結婚後に暮らす丘の麓の家や、下女のスズキや下男を紹介して機嫌を取っている。

そこへ駐長崎領事のシャープレスがやってくる。ピンカートンはここでアリア「ヤンキーは世界のどこへ行っても」を歌う。シャープレスは優しい心の男であり、ゴローが紹介した少女がこの結婚が永久の縁と堅く信じていることを思い出し、戸惑う。だがピンカートンは、この結婚も一時の愛だとシャープレスの危惧を一笑に付すのであった。

そこへ蝶々さんが芸者仲間とともに現れる。このとき「さあ、もう一足よ」を歌う。シャープレスが可憐なこの15歳の少女に身の上を問うと、実家は大村の没落士族の家であると答え、父から頂いた切腹のための刀の入った箱を披露する。それにより、座は一時しらけてしまうが、ゴローによって結婚式の準備が進められる。蝶々さんは前日にキリスト教に改宗したことを告げる。 三々九度など一連の結婚の儀式が済んだ頃、蝶々さんの叔父のボンゾが現れる。彼は蝶々さんの改宗を怒って詰問するが、ピンカートンに追い払われる。うろたえる蝶々さんを慰めるピンカートン。2人はここで愛の二重唱「可愛がってくださいね」を歌う。

 

第2幕

第1場

結婚式から3年が過ぎた。ピンカートンは任務が終わり、アメリカ合衆国に帰ってしまっていた。彼は蝶々さんに「コマドリが巣を作る頃には帰ってくる」と約束していた。蝶々さんの忠実な下女スズキは彼は既にそれらを反故にしたのではと疑うが、ピンカートンを信頼する蝶々さんにとがめられる。 きっと夫は帰ってくると信じてやまぬ蝶々さんは、ここでアリア「ある晴れた日に」を歌う。

その頃、シャープレスはピンカートンがアメリカ本国でアメリカ人女性と結婚したことを本人の代わりに蝶々さんに告げることになっていた。しかし蝶々さんの夫への信頼を見た彼は、それを壊すようなことはできなかった。蝶々さんはピンカートンの手紙を見て喜ぶ。そこへゴローが裕福な紳士ヤマドリ公を連れてやってくる。ヤマドリ公は蝶々さんに結婚を申し出るが、夫からの手紙に喜んでいる蝶々さんはそれを拒否する。ゴローは蝶々さんは離婚された妻であると説明しようとしたが、蝶々さんは激しく断る。「それは日本の習慣に過ぎない。今の私はアメリカ人である」と。ゴローとヤマドリ公がすごすごと帰ってしまうと、シャープレスと蝶々さんは「友よ、見つけて」を歌う。

そして、シャープレスがピンカートンが帰ってこなければどうするのか、と蝶々さんに問うと、芸者に戻るか、自刃するしかないと答え、困惑したシャープレスが「ヤマドリ公の申し出を受けてはどうか」と勧めると、「あなたまでがそんなことを言うのか」と怒り、シャープレスに彼女とピンカートンとの子供を見せ、「わが夫がこの子を忘れようか」と言い放ち、「子供のために芸者に戻って恥を晒すよりは死を選ぶわ」と泣き叫ぶ。シャープレスはいたたまれずに去っていく。

スズキは蝶々さんの悪評を拡げようとするゴローを捕まえる。蝶々さんにとって悪い話が次々と届く中、遠くにピンカートンの所属艦エイブラハム・リンカーンが兵員の到来を礼砲で告げた。それを望遠鏡で見つけた蝶々さんとスズキは喜び、家を花で飾り、二重唱「桜の枝を揺さぶって」を歌う。そして自分達と子供を盛装させ、障子を通して、ピンカートンの帰りを凝視する。夜が過ぎ、長いオーケストラとのハミングコーラスのパッセージが演奏される中、スズキと子供は眠ってしまう。蝶々さんは決して後悔していなかった。

第2場

夜が明けた蝶々さんの家。蝶々さんは寝ずの番をしていた。スズキは目覚め、子供を蝶々さんのもとへ連れて行く。スズキは憔悴した蝶々さんを休むよう説き伏せる。ピンカートンとシャープレスが登場し、スズキに恐るべき真実を告げる。しかし、ピンカートンは罪悪感によって深く打ちひしがれ、自身を恥じていた。余りに卑劣なことで自分の口から蝶々さんに告げることはできず、彼は義務を放り出して去ってしまう。このときピンカートンはアリア「さらば愛の巣」を歌う。スズキは、はじめは猛烈に怒っていたが、シャープレスから、蝶々さんが子供を渡してくれれば、ピンカートンのアメリカ人妻がその子を養育するということを聞き、説き伏せられてしまう。

蝶々さんはピンカートンと会えると思い、目を輝かせて登場する。しかしピンカートンの代わりに彼のアメリカでの妻ケイトと対面させられる。蝶々さんは感傷的な穏やかさをたたえつつ真実を受け止め、礼儀正しくケイトを祝福した。これで平穏が見いだされるであろうと。それから、ケイトやシャープレスにお辞儀をし、子供を渡すことを約束する。そしてスズキに家の障子を全部閉めさせ一人きりになる。障子越しに侍るスズキに対しては、「子供を外で遊ばせるように」と命じて下がらせる。

蝶々さんは仏壇の前に座り、父の遺品の刀を取り出し、「名誉のために生けることかなわざりし時は、名誉のために死なん」の銘を読み自刃しようとするが、そこへ子供が走ってくる。蝶々さんは子供を抱きしめアリア「さよなら坊や」を歌い、子供に目隠しをし、日米の国旗を持たせる。そして、刀を喉に突き立てる。今際の際でも子供に手を伸ばす蝶々さん。そこへ異変を聞きつけたピンカートンとシャープレスが戻ってくるが、とき既に遅く、蝶々さんは息絶える。幕。

プログラムとキャスト

アレーナ・ディ・ヴェローナ

アレーナ・ディ・ヴェローナ(Arena di Verona)はイタリア・ヴェローナにある古代ローマ時代の屋外闘技場跡地。現在は夏期の屋外オペラ公演によって有名である。

 

建築

"Arena"とはラテン語で「砂」を意味し、これは闘技あるいは演劇などの催される平土間部分に敷き詰められた砂に由来している。

長径139メートル、短径110メートルの楕円形のこの闘技場はアウグストゥスの治世(紀元前27年 - 紀元14年)の末期か、あるいは遅くとも紀元後30年頃完成したと考えられているが正確な日時は特定されていない。もともとはローマ時代の都市を防御していた壁の外側に位置していたが、市域の移動に伴い、現在ではヴェローナ市街地のほぼ中心に位置している。観客席は44段の大理石製で、収容人数は約25,000人であったとされている。

外観は2階建てのアーチ(あるいはアルコーブ)である。創建当初はこのさらに外周に大理石造り、3階構造のアーチをもつ外壁が存在したが、1117年の地震で大部分が倒壊、僅かにその遺構を北西部に留めるのみである。

 

屋外オペラ・フェスティバル

1913年、折からのジュゼッペ・ヴェルディ生誕100年を記念して野外オペラ・フェスティバルの企画がなされた。仕掛人はオペラ興行師のオットーネ・ロヴァート、並びに名テノール歌手、ジョヴァンニ・ゼナテッロとそのパートナーでこれまた著名なメゾソプラノ歌手、マリア・ゲイである。観客にジャコモ・プッチーニ、ピエトロ・マスカーニ、リッカルド・ザンドナーイ、ルイージ・イルリカらを迎え、アレーナはヴェルディ『アイーダ』によりオペラ劇場として再出発した。以降、戦争による1915年-1918年および1940年-1945年の休止期を除き、世界最大規模の(定期)屋外オペラ会場としてアレーナは利用されてきている。

アレーナは音響的にも優れており、バックスタンド席でステージ上の息遣いが聞こえるほどである。その巨大な舞台と、古代ローマ時代の大理石遺構の醸し出す独特の雰囲気には、通常のオペラハウスとは違った魅力がある。出場する歌手・指揮者・演出家も当代最高レベルのもので、たとえば、マリア・カラスが1947年のイタリア・デビューをこのアレーナ・ディ・ヴェローナで飾ったことはよく知られているほか、ヴェルディ・プッチーニなどを得意とするスピント系のスター歌手で、ここで歌った経験のない人はほとんど考えられない。

スペクタクル的で観光客にも親しみ深い名オペラ、例えばヴェルディ『アイーダ』(2009年までに50シーズン、549公演)、『ナブッコ』(18シーズン、166公演)、ビゼー『カルメン』(21シーズン、203公演)、プッチーニ『トゥーランドット』(18シーズン、115公演)などが多く採り上げられている。『アイーダ』では舞台上にナイル河に見立てた水路を構築、歌手をボートに乗せて演技させる、あるいは「凱旋の場」で象を登場させる等、視覚的に楽しませる演出が多い。近年ではモーリス・ベジャールとその配下の20世紀バレエ団を招いてのバレエ公演などにも積極的である。

オペラ公演は気候の温和な6月下旬に始まり、8月一杯まで続くのが通例である。2009年シーズンの場合、6月19日から8月30日までの間に全50公演が予定されている。

通常公演では約16,000人までの観客を収容できる。なお、8月の観客席はかなりの暑さとなることがある。雨天など悪天候時には公演は中止されるが、第1幕終了後の以降のキャンセルに際してはチケットの返金はなされない。

2013年9月17日から19日には、ベローナ劇場100周年を記念して東京ドームで『アイーダ』を上演する予定だったが、予算の高騰とチケット売れ行きの低迷により中止となった。

 

ヴェローナへのアクセス 

 

 

バスで 
市内中心部は周辺の町や村だけでなく、ガルダ湖にリンクされ、公共交通機関のバスサービスによって、駅の真向かいに位置し、バスステーションにアクセスすることができる(バスは青色である)(APTVサービス)

 

電車 
ヴェネツィアラインとBrennero - - ローマ線主要鉄道駅は、ミラノの両方の交差点ですVERONAポルタ·ヌオーヴァ、です。 
一日を通してイタリアの北にあるすべての主要鉄道駅から直通列車と都市間の列車があります。 
旅の時間:パドヴァ40分から。ヴィチェンツァ、30分〜。ヴェネツィア1時間半から。ミラノ2時間〜ローマ5時間である。 
市バスは市内中心部への鉄道駅から採取し、ブラ広場、アレーナ円形劇場が発見された中央広場に到着することができます。 
バス番号11、12、13、14、72及び73である。 


飛行機で 
ヴィッラフランカヴェローナの国際空港カトゥッロは、市内中心部の約10キロ南西に位置しています。 
06.10から23.30で約20分毎に、空港からのシャトルバスサービスがあります。 
空港バスターミナルには、ポルタ·ヌオーヴァ駅の外にある。 
ヴェローナから約52キロに位置していブレシアモンティキアーリ空港は、また午前中と夕方に1日2回、約動作するシャトルバスでヴェローナポルタ·ヌオーヴァ駅にリンクされている。ここでもバスターミナルは、ポルタ·ヌオーヴァ駅の外にある。 

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