あらすじ
時と所 1598年 - 1605年 モスクワ、リトアニア国境、サンドミエシュ城、クロームィ
序曲は無く短い緊迫した感じの前奏で始まる。幕が上がると修道院の中庭をモスクワの人々が大勢うろつき廻っている。警吏ニキーティチが登場し、警棒で脅しながら人々に突っ立ってないで跪いてお願いしろと命令する。人々はそれに応じ大声で請願する(民衆の合唱「何故我等を見棄てられるのか、我等が父よ!」)が、その実、何をお願いしているのかよくわからず、ニキーティチの姿が見えなくなると、ミチューハを始めそれぞれ勝手にお喋りを始める。再度、ニキーティチが姿を現し人々を脅すので、また大声を上げてお願いし始める。貴族会議の書記官であるシチェルカーロフが現れると、ニキーティチは人々を制し話を聴くように命じる。シチェルカーロフは、ボリス・ゴドゥノフが人々の願いも空しく、頑として帝位に就こうとしない(シチェルカーロフのアリア「正教徒たちよ!公は聞き入れて下さらない」)と語り修道院に消える。続いて巡礼の一団が登場し、「神の栄光を称え、聖像を持ってツァーリをお迎えに行くのだ」と合唱し修道院に入っていく。
【1869年原典版のみ:巡礼の一団が去った後、ミチューハ達が「聖像を持ってどんなツァーリを迎えに行くんだ?誰を?ボリスか?」などと話していると、ニキーティチが修道院から出てきて、明日の朝、クレムリンに行き命令を待て、と伝える。人々はなるほどクレムリンでも大声上げろってことか、と呟く。】
モスクワクレムリン大聖堂広場(1598年) - 戴冠式の場
ウスペンスキー大聖堂とアルハンゲルスキー大聖堂に挟まれた広場[12]にモスクワの民衆が集まっている。鐘が鳴り響く中、大貴族ヴァシリー・シュイスキー公が登場し、「ツァーリ・ボリス・フョードロヴィチ万歳!」と叫ぶ。民衆がそれに応えて「長寿と健康を我等が父なるツァーリに!」と叫ぶ。シュイスキー公の音頭取りで、民衆はツァーリを称える大合唱をする(民衆の合唱「空には既に輝く太陽が」[13])。やがて戴冠式を終えたボリスが王笏と権標を手に持ち、貴族やその子弟を従えてウスペンスキー大聖堂から姿を現す。貴族も一緒になり万歳が繰り返される中、ボリスは権力者の責任を痛感し独白する(ボリスのモノローグ「我が魂は悲しむ」)。再び歓喜の声が沸き上がり(民衆の合唱「光栄あれ!光栄あれ!光栄あれ!」)、アルハンゲルスキー大聖堂から出てきたボリスが宮廷へ向うところで幕。
モスクワクレムリンチュードフ修道院の僧坊(1603年)- 僧坊の場
真夜中の僧坊で修道僧ピーメンがランプの灯りを頼りに年代記を書き綴っている(ピーメンのアリア「あと一つ物語を書き終えて」)[14]。若い修道僧グリゴリーはその横で眠っているが、悪夢に魘されて目覚める。それは何度も見ている夢で、高い塔に登った自分が下を見ると、モスクワの群集が自分を指差し嘲笑っている。いたたまれなくなった自分が塔から真っ逆様に落ちるとそこで目覚めるというものであった[15]。ピーメンは若い血がたぎるせいであろうと宥め、自分が書き終えた年代記の恐ろしい内容(ボリスによる皇子ドミトリーの殺害)について語る。【1869年原典版のみ:ピーメンは実際にウグリチに赴き、殺人者達がボリスの指示でドミトリーを殺害したと白状するのを目撃したという。】ピーメンの話を聴いているうちにグリゴリーは死んだ皇子ドミトリーが生きていれば自分と同い年であることを知る。やがて夜が明け、朝の勤行のためピーメンは立ち去るが、野心家のグリゴリーは心中密かにボリス打倒を企てる。
リトアニア国境付近の旅籠(1603年)- 旅籠の場
この場で奏される3つの主題からなる前奏で始まる。【1872年改訂版で追加:旅籠屋の女主人が「私は雄鴨を捕まえた[16]」と歌っていると、屋外で声がして逃亡僧であるヴァルラームとミサイールが女主人に喜捨を求めるので、扉を開け中に招き入れる。】二人に続いて道案内になりすましたグリゴリーが旅籠へ入って来る。彼はモスクワに居られなくなり、ここまで逃げてきたのである。リトアニアへ入るまで安心できないと言うグリゴリーに、ヴァルラームは酒さえあればどこでもいいと言い、女主人が持ってきた酒を飲み干して豪快に歌い始める(ヴァルラームの歌「昔カザンの町でイヴァン雷帝は」[17])。やがて酔いが回ったヴァルラームは「奴は馬で走る[18]」という曲をぶつぶつ歌いながら眠り込んでしまう。その横でグリゴリーは女主人にリトアニアまでどれ位かかるか尋ねる。関所があって警吏が見張っていると言われてグリゴリーは青ざめるが、女主人は脇道へ逸れれば大丈夫と言う。やがて扉がたたかれ、警吏たち[19]が入って来る。警吏は三人を尋問し、根拠も無いままヴァルラームをお尋ね者であるグリゴリー・オトレピエフと決めつける。無論、ヴァルラームは否定する。モスクワから届いた命令書にはお尋ね者の人相が書かれているのだが、警吏たちは誰も文字が読めない。するとグリゴリーが自分が読めると言い、内容を偽ってお尋ね者の人相をヴァルラームそっくりに読むので、警吏たちはヴァルラームに飛びかかる。びっくりしたヴァルラームは、命令書をグリゴリーから引ったくり、一文字一文字たどたどしく読み始める。読んでいくうちにお尋ね者の人相がグリゴリーそっくりであることに気がつくが、グリゴリーは持っていたナイフを振りかざし、旅籠の窓から飛び出していく。ヴァルラーム、ミサイール、警吏たちが「奴を捕まえろ!」と叫びながら後を追っていくところで幕。
モスクワクレムリンのテレムノイ宮殿にある皇帝の居間(1604年)- クレムリンの場
ボリスの娘クセニヤが、急死した許婚の肖像画を見て泣いている。【1872年改訂版で追加:弟のフョードルと乳母が慰めるが、なかなか笑顔を見せない。楽しくさせようと二人で滑稽な踊り歌を歌っているところへ】ボリスが登場し、クセニヤを慰め、乳母とともに別室へ下がらせる。残ったフョードルに何をしているか尋ねると、地図を見て地理の勉強をしているという答えが返って来る。ボリスはこの国全てがお前の物になる、勉強を続けなさいと言い、物思いに沈む。自分は権力を手に入れ、6年の間、国を無事治めてきたが、心に幸福はない。許婚の急死、大貴族の裏切り、外国の陰謀、飢饉や疫病が続き、全ての罪が自分にあると国中で怨嗟の声が上がっていると歌う(ボリスのモノローグ「私は最高の権力を手にした」)。
【1872年改訂版で追加:突然、舞台裏で悲鳴が上がり、ボリスはフョードルに様子を見に行かせる。】入れ替わりに侍従がやって来て、シュイスキー公が目通りの許可を求めてきたことを伝える(同時に彼が何か企んでいることも伝える)。【1872年改訂版で追加:戻ってきたフョードルは、騒ぎはオウムが乳母達に飛びついただけと報告する。手際よく報告した息子をボリスは褒めるが、将来ツァーリになったら信頼出来る相談役を持たねば駄目だ、と丁度入って来たシュイスキー公に当て付ける様に言う。】シュイスキー公は、リトアニアに僭称者が現れ、ドミトリーの名を騙っていると報告する。驚愕したボリスはフョードルを下がらせ、シュイスキー公に対応策を与え、出発させる。が、思い直して、シュイスキー公がウグリチで確認した子供の遺体は本当に皇子ドミトリーだったのか訊ねる。シュイスキー公が「血にまみれ、恐ろしい傷が口を開けているにもかかわらず、清らかで輝くばかりのお顔は、確かに皇子のもの」と答えると、ボリスは気分が悪くなり、シュイスキー公を下がらせ、ソファーに倒れ込んでしまう。
【1872年改訂版で追加:この時、居間に置かれていた大時計が時を告げ始める。】ボリスは錯乱状態になり、血だらけの子供の幻を見る(時計の場)。自分は人民に選ばれたツァーリだとボリスは叫び、神に救いを求める。
ポーランドサンドミエシュ城内のマリーナの部屋(1604年)【1872年改訂版で追加された場】
【】内は1872年改訂版において削除または追加された部分を示す。
モスクワ近郊ノヴォデヴィチ修道院の中庭(1598年) - ノヴォデヴィチ修道院の場
マリーナは鏡の前に座り、小間使いに髪を梳かさせている。サンドミエシュの娘達が、マリーナの前で彼女の美しさを称えて歌を歌っているが、マリーナはそれが気に入らず、小間使いも娘達も下がらせてしまう。独りになった彼女は、自分は権力が欲しい、名誉が欲しい、そのために僭称者ドミトリーに近づいて、やがてはツァーリの后になってやると歌う(マリーナのアリア「なんて悩ましく物憂く」)[20]。そこへイエズス会士のランゴーニが現れ、マリーナに対して、異教が蔓延るロシアの地にカトリック信仰を広めなさい、そのために貴女の美貌を生かして僭称者ドミトリーに近づき、虜にしてしまいなさい、と嗾ける。
サンドミエシュ城内。噴水のある月夜の庭園(1604年)- 噴水の場【1872年改訂版で追加された場】
僭称者ドミトリーとなったグリゴリーが庭でマリーナを待ち侘びている。そこへランゴーニが登場する。ランゴーニは、ロシアへカトリック信仰を広めるという彼の陰謀を更に確実なものとさせるため、マリーナとグリゴリーの仲介者となろうとしている。ランゴーニは、マリーナがグリゴリー、否、ドミトリーを愛していると告げる。間もなくポロネーズの音楽が聞こえて来て、マリーナが客人達を伴って登場する。グリゴリーとランゴーニは物陰に隠れる。客人達が城内へ戻ると、マリーナが一人庭へやって来る。グリゴリーはマリーナの実家の武力を借りてモスクワへ進軍する野望を、マリーナはツァーリの后になり権力を握る野望をそれぞれ心に秘めながら、愛の二重唱を歌う(偽ドミトリーとマリーナの二重唱「おお皇子様、お願い」)。そんな二人を陰で窺いながら、ランゴーニもまた野望実現に一歩近づいたことを喜ぶ。
モスクワ聖ワシリイ大聖堂前の赤の広場(1605年)- 聖ワシリイ大聖堂の場【1869年原典版のみ】
飢えた群衆が辺りを歩き回っている。ミチューハを先頭にして一群の男達が大聖堂から出て来る。ミチューハは、内部でグリゴリー・オトレピエフの破門、亡きドミトリー皇子への追善の祈りがなされていたことを皆に語る。皆は生きているドミトリー皇子に追善の祈りだなんて罰当たりめ、皇子の軍隊がもうすぐやって来て、ボリス達に死を下される!と息巻くが、老人達にだまって待っていろと窘められる。
そこへ子供達とともに白痴が登場、子供達は白痴が持っていた銅貨を取り上げてしまう。白痴が泣いているところへボリスがお供を連れて大聖堂から出て来る。人々は跪きツァーリにパンを請う。お供の貴族達が施し物を与えるが全体には行き渡らない。人々は大地にひれ伏す。その時、白痴がボリスに対して訴える。
「子供達が自分の銅貨を取った。子供達を殺してくれ。あのかわいそうな皇子を殺すよう命じたように。」
横にいたシュイスキー公が白痴を捕らえるよう護衛に言うが、ボリスはそれを制して、白痴に自分のため祈ってくれと頼む。しかし、白痴はヘロデ王のために祈ることは聖母様が許さない、と言ってこれを断る。ボリスも群集も立ち去り、一人寂しく歌う(白痴の歌「流れよ、流れよ、苦い涙!」)。
モスクワクレムリンのグラノヴィータヤ宮殿(1605年) - ボリスの死
ボリスは貴族達を招集し偽ドミトリーへの対応策を協議させる。【1869年原典版のみ:会議の冒頭、シチェルカーロフがボリスの言葉を伝えるが、】ボリスは姿を見せない。貴族達は威勢良く、偽ドミトリーは拷問し、死刑にし、死体を晒し者にする、と票決する(貴族たちの合唱「さて諸君、票決と行こう」)。シュイスキー公が遅れて入って来る。彼は貴族達に子供の幻に怯えて錯乱するボリスの様子を自身で真似をしながら話す。丁度その時、ボリスがまさにそのままの狂態で議場へ入って来る。一旦、気が静まったボリスだが、シュイスキー公が連れてきたピーメンが語る、ドミトリーの墓の前で起きた奇蹟の話(ピーメンのアリア「ある日の晩のこと」)を聞くうちに再びおかしくなる。死を悟ったボリスは、フョードルを呼び、別れを告げる(ボリスの別れ「さらば我が子よ、わしはもう死ぬ」)。弔いの鐘が鳴り、哀悼の歌が流れる中、ボリスは死ぬ(ボリスの死「鐘だ!弔いの鐘だ!」)。貴族達の「身罷られた」という呟きとともに幕。
クロームィ近くの森の中の空き地(1605年) - 革命の場【1872年改訂版で追加された場】
ボリスの軍隊の司令官だった大貴族フルシチョフが、蜂起した群集に捕らえられ、嘲弄されている。そこへ子供達とともに白痴が登場、子供達は白痴が持っていた銅貨を取り上げてしまう。白痴は泣き喚く。
遠くからヴァルラームとミサイールが、ボリスの悪行のため、宇宙全体がおかしくなった、と歌いながらやって来る。彼等は扇動者となり、群集とともに「ボリスに死を!」と叫ぶ。続いてイエズス会士のロヴィツキとチェルニコフスキが神を称えながらやって来るが、ヴァルラーム等に異端の魔法使いと看做され、捕らえられてしまう。最後に軍勢とともに偽ドミトリー(グリゴリー)が登場、フルシチョフの戒めを解き、軍勢、ヴァルラーム等放浪者、群集、イエズス会士とともにモスクワへ向けて進んでいく。
その後姿を見ながら、白痴はこれからロシアを襲う混乱を憂いて一人寂しく歌う(白痴の歌「流れよ、流れよ、苦い涙!」)。空は真っ赤に焼け、警鐘と群衆の叫びが聞こえる。